半分は本気で、半分は感覚的なものだ。
口に入れるものは、できるだけ日本製を選びたい。
調理器具も、できれば信頼できる製造元のものを使いたい。
業務スーパーはよく利用してきたし、独り身のときは特に助かった。
価格を考えれば、合理的な選択だったと思う。
だが、家族に出す料理となると話は少し変わる。
ほんのわずかでも不安があるなら、自国の製品を選びたいと思うのは自然な感情ではないだろうか。
どの国の人でも、自分の国で作られたものに安心感を持つのは普通のことだと思う。
安全性を重視するとき
最近は、安全性を意識して製品を選ぶことが増えた。
フライパンのフッ素加工について、安全性が話題になったこともあり、
一時期は鉄のフライパンを使っていた。
だが、その鉄フライパンの製造国が気になり、
結局買い直すことにした。
Amazonで安売りしていた「ティファール フライパン 27cm」を購入。
フランス製だった。
日本製ではない。
だが、PFOAなどの有害物質を使用していないと明記されていた点が決め手だった。
ここで気づいたのは、
「日本製であること」と「安全であること」は、必ずしもイコールではないということだ。
日本製への期待
最近は、日本で生産する力を取り戻してほしいという声も聞くようになった。
「made in Japan」を誇れた時代への期待もある。
自国で作り、自国で消費する。
理想としては分かりやすい。
だが、現実はそこまで単純ではない。
現実的な話
ゲーミングPCを自作した経験があるが、
純粋な日本製パーツはほとんど存在しない。
多くは台湾や中国で製造されている。
それでも品質面では信頼している。
今の時代、日本製だけで生活を完結させるのはほぼ不可能だ。
「日本製」と書いてあっても、部品は海外製であることが多い。
スマホも家電も同じだ。
最終組み立てが日本なら「日本製」と表示されることもある。
つまり、完全な国産というものは、想像より少ない。
割り切りも必要かもしれない
海外製や中国製がすべて悪いとは思っていない。
ただ、安全性を重視したいものについては慎重になる。
逆に、使い切りのものや価格重視のものは、
そこまで神経質にならなくてもいいのかもしれない。
すべてを理想で選ぶことはできない。
だからこそ、
- 安全性を重視するもの
- コストを優先するもの
を使い分けるという考え方もある。
感情と合理の間
日本製を選びたいという気持ちは、
理屈だけではなく感情も含んでいる。
だが、感情だけで生活はできない。
現実を見れば、グローバルな供給網の中で生きている。
だから、自分なりにバランスを取る。
過剰に排除するわけでもなく、
無条件に信頼するわけでもなく。
その都度、考えて選ぶ。
今はそれくらいの距離感がちょうどいいと思っている。